
高松市の国立ハンセン病療養所で、岡山市在住の歌手・沢知恵さんが24回目のコンサートを開きました。
10月31日、高松市の大島青松園で開かれた歌手・沢知恵さんのコンサートです。療養所の入所者と、県内外から訪れた約90人の観客を前に歌声を披露しました。
2026年9月、沢さんとこのステージに立つことを楽しみにしていた入所者が、96歳で亡くなりました。
(♪こころ/歌・東條高さん[2026年4月])
「わたしのこころは湖水です どうぞ漕いでお出なさい」
沢さん「1番まあまあ歌えましたね」
東條さん「2番は難しかったな」
沢さん「難しかったね」
東條さん「あがってしまったんかな」
沢さん「あがってしまったんかな? こんなにたくさんいるから」「ハハハハハ」
沢さんが父のように慕っていた東條高さん。長年音楽に親しみ、沢さんのコンサートに何度も出演しました。
(沢知恵さんのコンサート[2023年])
沢さん「加山雄三さんが引退するのに年上の東條高は引退しない?」
東條さん「はい」
そんな東條さんを偲んで2人の入所者が思い出を語りました。
(大島青松園入所者/森和男さん[86])
「興味を持ったことはとことんやる人でした。音楽ももちろん好きだった」
(大島青松園入所者/松本常二さん[95])
「音楽に長けていたからハーモニカグループで一緒に演奏していただいた」
亡くなる数カ月前に3枚目のCDを完成させた東條さん。ステージで流れた「こころ」は沢さんと一緒にレコーディングした曲です。
(歌手[岡山市在住]/沢知恵さん)
「これからもずっと一緒にいてくれる気がします。きょうもステージに確かに彼はいて、歌ってくれました。あきらめない不屈の『希望』を教えてもらいました」
(大島青松園入所者/森和男さん[86])
「東條さんは歌が好きで全国を回っていた人ですから喜んでるんじゃないかな」
(来場者は―)
「すごく良くて涙が出るぐらい感動しました」
「(大島青松園のことを)沢さんを知るまで知らなくて、その人たちの苦しみとか分かり切れないけど教わるべきことだった」
国の誤った強制隔離政策によって、いわれのない差別・偏見が今も根深く残るハンセン病問題。
ハンセン病療養所の音楽文化の研究者でもある沢さんは、大島青松園の将来構想や永続化について考える会の委員も務めています。
(歌手[岡山市在住]/沢知恵さん)
「島の終わりが見えてきているという現実、そして、社会がそんなに大きく変わってないんじゃないか。新型コロナもありましたし私たちは差別というものとますます向き合わないといけない。関わることの豊かさ、それが私の原点、この島で教えてもらった一番のことなので、多くの方にメッセージとして送りたい」